弁護士の梁です。
2018(平成30)年7月11日、大津地裁において、阪原弘さんのご遺族が申し立てた再審請求事件(いわゆる「日野町事件」)につき、再審開始決定が下されました。
私は、日野町事件の弁護団員として活動してきましたので、ご紹介したいと思います。

1 日野町事件とは
 1984(昭和59)年12月28日夜から翌朝までの間に、滋賀県蒲生郡日野町で、酒店を営む女性が行方不明になりました。被害者女性は、翌年1月18日に日野町内の造成地で遺体となって発見されました。そして、同年4月28日に山中において被害者女性所有の手提げ金庫が発見されました。これら一連の事件を日野町事件といいます。
 事件発生から3年以上が経過した1988(昭和63)年3月9日、警察は酒店の常連客だった阪原弘さんを任意同行し、連日、朝から夜遅くまで取調を行いました。その結果、阪原さんは犯行を認める供述をしてしまい、同月12日、強盗殺人罪で逮捕されました。起訴後、阪原さんは犯人ではないと争いましたが、有罪・無期懲役の判決がなされ、2000(平成12)年9月27日、上告棄却により刑が確定しました。
 阪原さんは、2001(平成13)年11月14日、再審を申し立てました(第一次請求)が、2011(平成23)年3月に逝去されたため、終了しました。その約1年後、阪原さんの遺志を継ぎ、その無念を晴らすためにご遺族らが請求人となって、改めて再審を申し立てました(第二次請求)。

2 確定審の概要
 第一審判決は、自白を詳しく検討した結果、数々の疑問点があることから、「自白内容に従った事実認定ができるほど信用性は高くない」としつつ、専ら間接事実により有罪(無期懲役)を認定しました。これに対し、控訴審判決は、第一審判決が認定した間接事実だけでは、阪原さんと犯行を結び付けることはできないとしつつ、自白の基本的根幹部分は信用できるなどとして有罪の結論を維持しました。阪原さん自白の殺害方法と被害者女性の痕跡とが一致しない等、阪原さんが無罪であることを推認させる数々の証拠があったにもかかわらず、有罪判決を下した裁判所の心証に、大きな影響を与えたと考えられるのが、「阪原弘さんが、引当捜査において、手提げ金庫の発見場所及び死体の発見場所を案内できた」という事実でした。

3 再審手続きの概要
 第一次請求及び第二次請求の再審手続きにおいて、裁判官、検察官及び弁護団が協議の場を持つ三者協議が多数回開かれました。弁護団は、この三者協議を通じて、確定審の段階では提出されなかった捜査機関の手持ち証拠の開示を粘り強く求めました。その努力の結果、検察官側から相当数の証拠の開示を受けることができました。その中でも特に注目に値したのは、金庫発見場所及び死体発見場所の引当捜査時に撮影されたネガでした。弁護団がこれを検討した結果、引当捜査報告書に貼られている写真の多くが、目的地の帰り道に、往き道を装って撮られた写真である等、引当捜査報告書及び引当捜査を主導した捜査官の証言が、撮影されたネガと大きくかけ離れていることが判明しました。

4 再審開始決定の概要
 開始決定では、上記点に加え、これ以外の多数の事実と阪原さんの自白との整合性、新旧証拠等を全面的に見直し、総合的な観点から検討した結果、金庫発見場所を案内できたという事実をもって阪原さんの犯人性を推定する力は大きく減殺されたと判断しました。
 これ以外の点についても、今回の開始決定は、詳細に新旧全証拠を検討し、丁寧に事実を拾い上げ、新旧証拠の全面的・総合的な再評価を行いました。その結果、阪原さんの自白の任意性・信用性のいずれもが大きく動揺し、各間接事実についてもその認定が動揺するか、あるいは阪原さんを本件の犯人であると推認する力は減殺されたと判断し、再審を開始する決定を下しました。
 検察側は、上記決定に対し、即時抗告を申し立てています。

5 さいごに
 私は、弁護士登録した当初から、日野町事件弁護団の末席に加えていただきました。今回の再審開始決定は、私にとっても非常に感慨深く、嬉しい決定でした。この再審開始決定をできるだけ早く確定させて、阪原さんの無実をかちとるべく、今後も微力ながら弁護団の一員として頑張っていきたいと思います。